HEART   1998/02/25
冬を思わせる、凄烈で凛とした雰囲気を纏ったアルバム。前作の華やかで鮮やかな色味は失われ、その美しさのまま凍りついたかのよう。メジャー第2期のオープニングは、灰色の影に包まれた、ストイックでロックな魅力に仕上がっています。
硬質のサウンドから漂うのは、不退転の決意。高い評価を得た前作を超えてこそ意味があると、メンバー全員が解っていたのでしょう。はたして、前作に負けずとも劣らない、新たな地平を拓く作品となりました。

前作からの大きな変化は、何と言ってもドラムが交代していること。一音一音が表情豊かで存在感があり、「歌う」と表現されるsakuraのドラム。それに対しyukihiroは、メロディに合わせて複雑に変化する特異なリズムパターンを持ち、手数が多く、言うなれば「奏でる」ドラム。使用音域もsakuraに比べて高く、ギターとベースの間に潜むように沢山の音を連ねて、曲に表情と疾走感をつけて行きます。これほど優れた個性がどこのバンドにも属さずにいたとは…なんてラッキーな(笑) 差し迫った中でのお見合いでしたが、ラルクサウンドに新しい風を吹き込む幸福な出会いになりました。
また、この作品より、サウンドプロデューサーが岡野ハジメさんにほぼ一本化されます。とてもフランクで頭の柔らかい人で、アイデアも豊富。大胆なアレンジはラルクの個性的なカラーと良く合っていますね。
2大新要素を迎え入れた結果、前作の流れを継承しつつも、全体的には再びバンドらしいロックな方向に回帰しています。と言うより、前作で取り込んだポップテイストを噛み砕ききった感じかな? 再始動にあたって、洗練されたシンプルな佇まいとなっています。ボーカルも、どこか中性的な甘さを漂わせていた前作に比べ、硬く澄んだ印象。

さて。このアルバムはラルクの新しい扉を開けた作品ではありますが、ご存知のように、成立には大きな影が覆い被さっています。自分たちの一部を無理矢理もぎ離されようとしているのに、抵抗することも出来なかった記憶。何をどう思えばいいのか、何を正しいと判断すればいいのか、それすら分からず負わされた深い悲しみ。歌詞に描かれた凍りつくような風景の中には、世界の崩壊を見た絶望が、生々しく漂っています。
しかし彼らは同時に、その傷が癒えかけていることも感じています…。このアルバムに収められたもう1つの物語は、「再生」。これほどまでに傷ついたのに、人を愛することを求めてしまう。人間の「心」の持つ不思議なほどの強さが、タイトルに相応しく、素直な美しい言葉で綴られていますv
注目曲

1.LORELEY  hyde:詞曲
「まぶたに感じる唯一の炎」とは主人公にとっては音楽。「果てない流れ」とは歴史や時間や運命のような、不滅で変えられないもの。その中に消えていくとしても、歌うことを、奏でることをやめることは出来ないという自分を、主人公は受け入れています。…なんとなくhydeさんご自身と重なる歌詞ですね。
曲はhydeさんがライン川の辺の猫城に泊まった際の、ベランダから見下ろした風景の美しさを描いたそう。ギター、ベース、ドラムがほぼ均等に入っていてバンドらしい骨格。添えるのはピアノとサックスの印象的な旋律と、澄んだ空気を演出するシンセ音。ボーカルにはところどころエコーが掛かっていて、川に迫る崖に反響しているかのよう。耳を澄ますと風景が見えるような、ひんやりと美しいオープニングです。

2.winter fall  hyde:詞/ken:曲
この曲からラルクファンになった方も多いかと思いますが、私も例に漏れずそうです(笑) なので、必要以上に長くなってしまうことをお許しください…。
まず曲ですが、非常にキャッチー。ギターリフも管弦楽器の1個1個のフレーズも、どれもが印象的で、どの一瞬を切り取ってもこの曲だと分かるほどです。透明で丸みのあるギターとピアノの音色は雪のきらめきのよう。弦楽器は空気の冷たさ。ベースは逆に暖かさ。冬を感じさせる幻想的で透明感のあるサウンドの中で、管楽器の硬くて華やかな音はアクセントになっています。これだけの楽器がそれぞれ印象的なメロディを奏でているにも係わらず、全く重くないのは驚き。ドラムが軽やかだからですね。今回は完全な裏方に徹して、目立つフィルも挿まず、曲を前に進めることだけに専念しています。
歌詞の大意は、大切な人を失って絶望しながらも、「春の訪れ=傷が癒えること」を待っている、癒えつつあるのを感じているという、まさにこのアルバムの縮図のような内容。その絶望の表現が「そびえたつ空囲まれて」っていうのが凄みがありますよね。空に押し潰されそう、と感じるほどの絶望とはどれほどのものなのでしょうか…。これまで開放感や憧れの象徴として歌われることの多かった「空」ですが、ここでは主人公を取り巻く世界そのものが、圧迫感を持って彼を追い詰めているのを感じます。また、「太陽」はhydeさんの歌詞の中では憧れや理想の象徴として歌われることが多いですが、その太陽が「しらん顔でもえる」とは…冷たい気もするし、変わらないことは救いという気もします。
最後に英語詞の「pieces of you lie in me inches deep」ですが、意訳すると「あなたの欠片が私の中に確かに存在するのを感じている」ってところかな? 凄く聴きやすくて綺麗な曲だし、乗っている言葉も語感は美しいですが、内容は実は重たいくらい切ない。こういうところも、ラルクらしいと言えばラルクらしいです。

3.Singin' in the Rain  hyde:詞曲
重いアルバムの中で、軽やかで静かな心休まる曲(笑) ピアノの旋律がジャズっぽいですね。ギターはピアノと掛け合いをしているよう。いつもは流れるようだったりうねるようだったりするベースは、ここでは跳ねるような弾き方で軽やか。もっと音域が低ければ、ベースというよりコントラバスみたいな質感です。
歌詞は、雨の中で別れた恋人を想う内容。英詞部分では「…with you」となっていますが、あなたが傍に居るよう、ということかな。2回目の「…with you」が感情がこもっていて、切ない優しい声なんですよね(笑) 全体的にボーカルは力みが無くて、hydeさんの自然な声という感じです。

4.Shout at the Devil  hyde:詞/ken:曲
とにかくカッコイイ!(笑) ボーカル以外の主要な音は一気に纏めて録ったそうですが、お互いの顔が見える位置で演奏したと言うだけあって、それぞれのパートががっつり噛み合い1つのうねりになっています。後で足してるのは、ギターと打ち込みのドラムをちょこっとだけじゃないかな? うねるベースの上に沢山のリズムを繰り出すドラム、ギターは最初っから最後まで走りっぱなし。高揚感&疾走感がタップリです。ライブでは爆発のスイッチ(笑)
「Shout at the Devil」というタイトルですが、ここで「Devil」と呼ばれているのは神様ですね。神の気紛れや冷酷さを糾弾する堕天使の歌って感じかな?

5.虹  hyde:詞/ken:曲
冒頭のアルペジオを聴くだけで胸が熱くなる人も多いのでは? この曲は素直に彼ら自身のことを歌った曲と捉えていいと思います。苦しんだ状況を雨、それを乗り越えた状況を虹に喩えた、再生の曲。
最初、この「時は奏でて」という歌詞が理解できなかったのですが…。このアルバムには、時や時間の流れを表す言葉が何度も登場します。時間が流れることは止められないし、時間が経てばどうしても分かれる道もあり、逆に癒される傷もあります。時間が流れれば、状況も心も動かずにいない。多分、時が奏でるというのはそういう意味なんですよね。どんなに深い傷を負っても心は再び想ってしまう、想う事を止めない、叶わないと知っていても願ってしまう。それは人間の儚さだけど、強さでもある。「歩き出した」人は彼ら自身だし、彼らと同じように傷を負った人たちなのかな? そこに「終わらない未来を捧げよう」とは…美しい歌詞ですね。
音の面では、ドラムが変わって初のレコーディング…なのですが、メチャメチャyukihiroさんぽい叩きっぷりです(笑) やりたい事を100%やれたそうですが、曲に添った変化をするリズムといい、高めの乾いた音色といい、既に持ち味が出てますね。また、ギターは凄く直感的な弾きっぷり。この曲はkenちゃんの作曲最短記録らしいですが、まさに鳴るべくして鳴っている音といった感じ。美曲で名曲!

6.birth!  hyde:詞曲
非常に躍動感に溢れた曲。ギターとベースの音色は力強く、エネルギーが迸っているよう。ドラムは曲に合わせて変化し、まるで羽を翻すような鮮やかさ&軽やかさ。yukihiroさんらしいドラミングです。ボーカルも若々しく生命力に溢れていて、音だけでタイトル通りの雰囲気が出てますね。
歌詞は、ふと目が覚めるような、トンネルを抜けるような瞬間を描いているのかな? 視点を変えたら視界が開けたというか…。それを「birth」と言っている訳です。だから「Realize」という叫びはきっと「実現しろ!」じゃなくて「理解しろ!悟れ!」ですね。

7.Promised land  hyde:詞/ken:曲
歌詞中の「strawberry fields」はビートルズの曲「STRAWBERRY FIELDS FOREVER」に掛けてるのかと。どこと無く「Shout at〜」と被る内容ですね。現実世界の戦争を非難しているとも取れますが、「私を信じてください」とか「願いは−(略)−誰に捧ぐ?」のあたりは、どうも神様が対象なのかなって気がします。
ギターとドラムの音が太くて気持ちいい! 特にドラムは比較的低音域を使っていて、一定に刻まれるリズムが「止まらない炎は進む」という歌詞と重なって圧倒感があります。とにかくロックな印象の曲なのですが、こういう曲にキーボード入れるの岡野さん上手いよね。ライブバージョンはテンポが速く、かなりの縦乗りソングに変身します(笑)

8.fate  hyde:詞/ken:曲
「fate」とは運命の意ですが、日本語的には「宿命」が近いかな? こちらも、かの猫城で生まれました! ここに滞在中に経験した嵐の夜を曲にしたとか…。胸を締め付けるギターの旋律、木々の間を唸りながら吹き抜けるベース、淡々と時を刻むドラム。その上には、時間の経過に拍車を掛ける打ち込みのリズム、切なさを駆り立てるピアノやストリングスの音色…。暗く儚く美しい世界ですが…なんでこんなに惹かれるのか…(笑) ファンの間でも人気の高い、ライブでも定番曲ですね。
歌詞は抽象的ですが、hydeさんの心象風景と現実に体験したことが合わさった感じかな? 「何が愛なのか?何が嘘なのか?」という一節は印象的。

9.milky way  tetsu:詞曲
暗すぎるアルバムのお口直しのような、明るくてポップでかわいらしい1曲(笑) アイドルじゃなきゃ、hydeかてっちゃんしか歌えないだろうという愛らしい恋愛詞。歌うhydeのボーカルも可愛く甘やかで、歌詞に合っています。音構成もシンプルで、音色も可愛くて…こんな曲も作れちゃうんだな〜☆
とは言え、これがただの恋愛詞と思って騙されちゃダメですよ!(笑) これはリーダーからメンバーに贈る励ましの歌です!(多分) 恋愛詞だと感じさせるのは、サビだけじゃないですか? 「あの頃が嘘になるわけじゃなくて」とか「大事なのは過去じゃなくて輝く未来」とか、かなり直接的に言ってます。もちろん、ファンに向けてのメッセージと取ってもいいのですが…。てっちゃん初作詞でしたが、素敵な歌詞ですね。

10.あなた  hyde:詞/tetsu:曲
まるで歌謡曲然とした弦楽器のオープニングに驚いた人も多いのでは。この曲と前曲は明らかにアルバムで浮いてるんですけど…(笑) でも、やっぱりラストに必要なんですよね。この歌詞も、実際の体験が元になっていると思われます。ここで言われている「あなた」はメンバーにとって個人的に大切な人たちでもあるし、もちろんファンのことでもあるのかな。ラストの「I need your love and care」という一節は、reincarnationに臨んでhydeが言っていた「ファンの愛に包まれたい」に重なりますね。
曲は、やはりオーケストラのような弦楽器が最初に耳に飛び込んでくるのですが、ギターも凄いです! 特にラストのコーラスに重なりながら消えていくソロは、本当に美しい。kenちゃんのギターでは珍しく「誇らしい」感じが出てます。最後の曲な所為か、満足のいくアルバムが出来たよって、そう宣言されてる感じ…。…レコーディングの順序は分からないですけど(笑) でも最後に相応しいですねv